イチゴ優勝に感じたONE CHANCE 2026の違和感「なぜ観客投票でここまで刺さったのか」

イチゴ優勝に感じたONE CHANCE 2026の違和感

先日5月2日に行われた『ONE CHANCE 2026』をテレビで見ましたが、
正直、イチゴが優勝したことには驚きがありました。
私の中では、イチゴは「全員に広く届く漫才」というより、「ハマる人に深く刺さるコンビ」という印象があったからです。

私のみならずネット上でもその声は少なからず聞かれましたので、その違和感の正体を読み解いて行こうと思います。

なお、放送自体はTVerで2026年5月30日18:59まで見られますので。
全編見られていない方はこちらからぜひ。

 

イチゴ優勝に感じた違和感の正体

イチゴの優勝で、最初に感じたのは「まさかそこまで観客に刺さるのか」という驚きでした。
面白くないと言いたいわけではありません。イチゴ自体が、王道の漫才で幅広い層を一気に巻き込むコンビというより、好きな人にだけ深く刺さるタイプのコンビという印象がありました。

イクトさんの独特な喋り方や、おかしなことを言い続けるキャラクター性と、そこに木原さんがどう向き合うかで笑いが生まれていく形は、一歩間違うと観客置いてきぼりと言いますか、非常に「危うい」です。

その個性が魅力である一方で、見る人によって評価が分かれるネタだと思います。
私自身も、正直に言えばイチゴのネタに強くハマったわけではありません。だからこそ、観客投票でここまで票を集めたことに驚きがありました。


意外だったのは、決勝での結果だけではありません。
その前の段階で、女と男、チェリー大作戦に勝って決勝へ進んだこと自体にも驚きがありました。私の感覚では、その前の2組の方がより広い層に届く漫才をしているように見えていたからです。
しかし、結果としてイチゴは観客の心を掴んで決勝に進み、最終的にも観客150人中72票を集めて優勝しました。半数近い観客がイチゴに票を入れたことになります。

ここに、今回の違和感の大きな部分があります。
イチゴのネタは、全員をまんべんなく笑わせにいくというより、自分たちのやりたい世界を強く押し出すタイプに見えました。そのため、賞レースのように「多くの人が納得する漫才」を選ぶ場だと思って見ていると、どうしても引っかかりが残ります。

一方で、観客が「見たことのないもの」や「番組の空気を変えるもの」を求めていたと考えると、話は変わります。
イチゴは、整った漫才というより、記憶に残る漫才をしていました。その場で空気を動かす力、異物感、何が起きるか分からない感じ。そういう要素が、観客投票では強く作用したのかもしれません。

考えたいのは、なぜ私には違和感があったのか。そして、なぜ会場の観客にはここまで刺さったのか。そのズレを追っていくと、『ONE CHANCE 2026』という番組自体の見方にたどり着きます。

 

ひつじねいり・丸亀じゃんごとイチゴは何が違ったのか

決勝に残ったひつじねいり、丸亀じゃんご、イチゴの3組を見比べると、私には「誰に向けて笑いを届けているか」が違っているように見えました。

ひつじねいりと丸亀じゃんごは、より広い客層に向けた漫才に見えました。寄席に来た老若男女のお客さんに対しても、言葉のやり取りや展開で笑わせていくタイプです。

一方で、イチゴは整った流れで全員を均等に笑わせるというより、自分たちのやりたいことを強く押し出し、その圧で空気を変えていくように見えました。

もちろん、どちらが上という話ではありません。ただ、漫才としての見やすさ、分かりやすさ、幅広い層への届き方という点で、それが「異物感」として映りました。

ここで考えたいのが、観客の性質です。
『ONE CHANCE 2026』は初回の特番です。そこに参加している観客は、通常の寄席や劇場の一般客というより、お笑いへの関心が高い層だった可能性が高いです。

おそらくは↓のポストに反応した方々、つまり普段から「お笑い」への関心度が非常に高い方々が集まったと考えられます。


そう考えると、イチゴの強さも少し見え方が変わります。

王道の安定感よりも、見たことのないもの。幅広く伝わる分かりやすさよりも、記憶に残る異物感。そうした要素が、観客投票では強く作用したのかもしれません。

 

現地観覧での強さ

もう一つ大きいのが、「会場で見る面白さ」と「テレビ越しで見る面白さ」の違いです。
ライブでもよくありますが、その場の空気ごと浴びて見るネタと、家でテレビを通して見るネタでは、笑いの伝わり方が変わることがあります。

特にイチゴのように、キャラクターの圧や独特な空気でガンガン行くタイプのネタは、会場で見ることでより強く作用した可能性があります。

私が感じた違和感の一部は、この差から生まれたのかもしれません。
つまり、「テレビで見ていた人たちの感覚」と「現地で投票した観客の感覚」のズレもあったと思います。

賞レース的に見ると、ひつじねいりや丸亀じゃんごのような広く届く漫才に軍配を上げたくなる。一方で、特番の会場でその場の空気を動かした存在として見ると、イチゴが強かったことにも納得できる部分があります。

ここに、『ONE CHANCE 2026』というものをどう見るかという問題が出てきます。

 

ONE CHANCE 2026を賞レースとして見すぎていた

イチゴ優勝への違和感を整理していくと、そもそも私が『ONE CHANCE 2026』を賞レースとして見すぎていたのではないか、という考えにたどり着きます。

というのも、
番組の宣伝文句には、賞レースを連想させる要素がいくつもありました。

まず、出場者は「賞レース優勝経験のない無冠芸人」。さらに、推薦するのは過去の賞レース王者たち。そして番組名にも「漫才No.1決定戦」という言葉が使われていました。
こういった「字面」が並んだ事によって、どうしても「新しい賞レースが始まるのか」と受け取ってしまっていました。

文言 賞レース的に見えた理由
無冠芸人が出場 まだタイトルを取っていない実力者の戦いに見える
賞レース覇者芸人推薦 「賞レース」実力者が同じく実力者を選ぶ構図に見える
漫才No.1決定戦 勝敗を決める競技性を連想する

 

ただ、実際に番組を見ていくと、M-1グランプリのような「漫才そのものを厳密に審査する大会」とは感触が違いました。

ネタだけでなく、トークパートも含めて出演者の魅力を見せる構成でした。推薦者との関係性や、コンビのキャラクター、番組全体の盛り上がりも含めて楽しむ作りだったように思います。

そう考えると、『ONE CHANCE 2026』は「無冠芸人による漫才の実力勝負」という顔を持ちながら、実際にはバラエティ特番としての色が強い番組だったのだと思います。

このズレが、イチゴ優勝への違和感につながりました。

賞レースとして見るなら、私は「広い客層に届く漫才」「完成度の高い構成」「多くの人が納得しやすい勝ち方」を求めてしまいます。その目線で見ると、イチゴのように評価が分かれそうなタイプが観客投票で強かったことに、どうしても驚きが出ます。

一方で、バラエティ特番として見るなら、評価軸は変わります。
誰が一番うまかったか。誰が一番整っていたか。それだけではなく、誰が一番記憶に残ったか。誰が一番番組の空気を動かしたか。

その意味で、イチゴは『ONE CHANCE 2026』の観客投票に合っていたのだと思います。

私の違和感は、イチゴそのものへのネタへというより、番組の見方を間違えていたことから生まれたものだったと思います。賞レースの顔をした番組だと思って見ていた。でも実際には、バラエティ特番としてのノリも強かった。

その差に気づいたとき、イチゴ優勝の見え方も少し変わりました。

 

そもそも『ONE CHANCE 2026』は、賞レースではない

ノブさんの番宣ポストで腑に落ちた「ユニーク番組」という見方

この『ONE CHANCE 2026』の見方を完全に裏付けた大きなきっかけが、MCである千鳥ノブさんの番宣ポストでした。

ノブさんはそもそも放送前の時点で、この番組を「賞レースでは無いです。おもしろ漫才ユニーク番組です!!」と番宣していました。


ここで大事なのは、この投稿が視聴者の反応を見た後ではなく、放送前のポストだったことです。

つまり、番組側は最初から「これはガチガチの賞レースではない」という見方を提示していたことになります。

ただ、私がこの投稿を見たのは放送後でした。だからこそ、番組を見終わったあとでこの言葉に触れたとき、とても腑に落ちました。
私が『ONE CHANCE 2026』を、賞レースとして見すぎていたのだと思います。

しかし、ノブさんの言葉にある「ユニーク番組」という見方を入れると、番組の印象はガラッと変わります。

ここで問われていたのは、単純な漫才の完成度だけではなく、誰が一番ユニークだったのか。

その基準で見ると、イチゴは非常に強い、納得の存在でした。

その個性が、賞レース的に見ると引っかかる。しかし「ユニーク番組」として見ると、最も番組の色に合っていたようにも見える。
ここが、イチゴ優勝を考えるうえで大きな分岐点だと思います。

観客投票でも、その強い残り方が票につながった可能性があります。
つまり、「初代優勝者イチゴ」をどう受け取るかは、『ONE CHANCE 2026』をどの角度から見るかで変わります。
おもしろ漫才ユニーク番組として見れば、腑に落ちました。

 

鶴瓶師匠の「優勝は・・・、おび!」に出ていた番組の空気

『ONE CHANCE 2026』が通常の賞レースとは少し違う番組だったと感じた場面は、優勝発表にもありました。

優勝発表は、本来なら番組の中で最も緊張感が高まる場面です。決勝に残った3組の名前が並び、観客投票の結果によって初代王者が決まる。普通に考えれば、ここは空気を張りつめさせる時間です。

ところが、そこで鶴瓶師匠は優勝発表で大きくボケました。
決勝にも残っていないタルタル関数のおびさんの名前を出し、「優勝は・・・、おび!」という流れを作ったのです。

私はこの場面で大爆笑しました。同時に、張りつめていた緊張感がふっと抜けた感覚もありました。

 

この一幕は、非常に象徴的だったと思います。

M-1グランプリのようなガチの賞レースであれば、優勝発表の直前にこの種類の大ボケを入れる空気にはなりにくいです。もちろん、番組ごとに演出の違いはあります。ただ、少なくとも『ONE CHANCE 2026』には、優勝発表の場面でもバラエティとしての笑いを差し込める余白がありました。

そして、その余白こそが、この番組の性質を表していたように感じます。

つまり、『ONE CHANCE 2026』は勝敗を決める番組でありながら、最後まで「テレビの特番」としての面白さを手放していなかったのだと思います。

 

鶴瓶師匠「こんな事言うたらあかんけど・・・」

さらに印象的だったのが、鶴瓶師匠の発言です。

優勝がイチゴだと分かったあと、鶴瓶師匠は「こんな事言うたらあかんけど、イチゴはないと思ってた」とポロっとこぼしていました。

この言葉も、とても大きかったです。

MC側も、イチゴ優勝を当然の結果として見ていたわけではなかった。少なくとも、予想外の結果として受け止めていたように見えました。

だからこそ、私が感じた違和感も、単なる少数派のひねくれた感覚ではなかったのだと思います。番組内にも「イチゴが勝つんだ」という驚きはあった。そのうえで、番組はその結果を面白がる空気を持っていました。

イチゴ優勝に違和感があるからといって、結果を否定したいわけではなく、予想外の結果が出ても、それをバラエティとして受け止められる番組だったことに、『ONE CHANCE 2026』らしさがありました。

 

イチゴ優勝には、違和感があった。でも今は、夢がある

賞レースとして見ていたら、より広い客層に届く漫才の方が「優勝」と聞いたときに納得しやすい、という感覚は今も残っています。
しかし、おもしろ漫才ユニーク番組『ONE CHANCE 2026』でイチゴが優勝したことには、別の意味で夢があると思います。

好き嫌いが分かれる。人によってはまったくハマらない。でも、刺さる人には強烈に刺さる。
そういうタイプの芸人が、大きなテレビ特番で優勝する。これには夢があります。

たとえば、トム・ブラウンやランジャタイのように、王道の評価軸だけでは測りきれないタイプのコンビが、特番の空気を一気につかんで優勝するようなものです。

整った漫才で全員を納得させたというより、番組に一番強く爪痕を残した。
観客投票という形式の中で「このコンビに入れたい」と思わせる何かがあった。

その意味では、『ONE CHANCE 2026』という番組名にも合っていたと思います。
『ONE CHANCE』というタイトルの通り、一夜の空気をつかんだコンビが勝つ。

そういう番組だったと考えると、イチゴ優勝は象徴的な結果だったと思います。

私としては、イチゴのネタ自体にに強くハマったわけではありませんが、優勝に文句を言うつもりも否定するつもりも毛頭ありません。

お笑いというものは、そもそもきれいに整理できるものではありません。技術や構成で評価される漫才もあれば、よく分からない圧や空気で客席を持っていく漫才もあります。
奇天烈なネタは面白いとか面白いじゃなくて、そういうものなんだと理解しています。

『ONE CHANCE 2026』は、その「ハチャメチャ」の面白さを拾った番組だったなと思いました。

 

だから結論としては、こうです。

賞レースとして見ると、イチゴ優勝には違和感。しかし、バラエティ特番として見ると、大納得。

(これが許されるなら来年はユビッジャ・ポポポーに期待します)

評価が分かれるタイプのコンビが、観客投票で一夜の主役になる。そこには、やはり夢がありました。

 

 

ONE CHANCE 2026に関するQ&A

ここで、『ONE CHANCE 2026』を見て引っかかりやすい点を整理しておきます。

本文では違和感の正体を追ってきましたが、改めてQ&A形式でまとめると、今回の結果は「イチゴがどうこう」という話だけではなく、番組をどう見るかによって受け取り方が変わる結果だったと思います。

Q. ONE CHANCE 2026は賞レースだったのですか?

パッと見の印象は、賞レース的に見える要素が多い番組でしたし、も最初は新しい賞レースのように見ていました。

ただ、千鳥ノブさんが放送前の番宣ポストで「賞レースでは無いです。おもしろ漫才ユニーク番組です!!」とポストしており、実際に番組内の空気感を見ても、生放送ではなかったり、優勝発表で鶴瓶師匠がボケるなどバラエティ色豊かで、厳格な賞レースとは一線を画す雰囲気ではありました。

その見方を入れると、『ONE CHANCE 2026』は賞レースではなく、漫才を軸にしたバラエティ特番として受け取る方がしっくりきます。


 

Q. イチゴはなぜ観客投票で強かったのでしょうか?

一つの理由として、観客投票という形式との相性があったと思います。

イチゴのネタは、整った構成で全員を均等に笑わせるというより、強いキャラクターと異物感で空気を持っていくタイプに見えました。

その場にいた観客が、お笑いへの熱量が高い層だったとすれば、王道の安定感よりも「見たことのないもの」「記憶に残るもの」が強く評価された可能性があります。

また、観客投票では、その場でどれだけ心を動かされたかが票に出ることもあります。

イチゴは、そういう意味で『ONE CHANCE 2026』の会場の空気と合っていたのだと思います。


 

Q. 優勝したイチゴにはどんな賞品・副賞があったのですか?

『ONE CHANCE 2026』で優勝したイチゴおよび推薦者のマヂカルラブリー野田さんには、賞品として星野リゾート「界 別府」の宿泊券が贈られました。

さらに副賞として、TBSバラエティの冠特番権も獲得しています。

この副賞も、今回の番組の性質を考えるうえで重要だと思います。

つまり、この番組は単に漫才の順位を決めるだけではなく、「テレビで次に跳ねる芸人を見つける」という意味合いも強かったのだと思います。

そう考えると、イチゴのように評価が分かれながらも強烈に記憶に残るコンビが優勝したことは、番組の狙いと合っていたようにも見えます。


 

Q. 会場で見るのとテレビで見るのでは、イチゴの印象は違ったのでしょうか?

違った可能性はあると思います。

ライブでもよくありますが、その場の空気に包まれて見るネタと、テレビ越しに見るネタでは、笑いの伝わり方が変わることがあります。

イチゴのように、キャラクターの圧や独特な空気で引っ張っていくタイプのネタは、会場で見ることでより強く作用したのかもしれません。

一方で、テレビ越しに見ていると、客席の熱量や一体感は少し薄まって届きます。そのため、視聴者側からは「なぜここまでウケているのか」が見えにくい場面もあります。

 

イチゴはここから夢をつかむ?2026年以降の活躍予想

では最後に、
イチゴは『ONE CHANCE 2026』の優勝をきっかけに、ここから一気に夢をつかんでいくのでしょうか。

個人的には、冷静に考えると簡単な道ではないと思います。

イチゴの漫才は、現状はハマる人にだけ深く刺さるタイプだと思います。イクトさんの独特なキャラクター性も含めて、評価が分かれる部分は今後もあるはずです。

テレビに出る機会が増えれば、その個性が強みになる場面もあれば、視聴者によっては戸惑いにつながる場面もあると思います。

ただ、それでも今回の優勝には大きな意味があります。

『ONE CHANCE 2026』でイチゴが勝ったということは、少なくともあの会場では、イチゴの個性が強く支持されたということです。観客投票で72票を集めた結果は、単なる偶然では片づけにくいものがあります。

さらに、推薦者のマヂカルラブリー野田さんを含めた3人で、TBSバラエティの冠特番権を獲得したことも大きいです。
イチゴの異質さを理解して推薦した、M-1王者野田さんと一緒に展開できること。

この形なら、イチゴらしさを活かしたまま、またテレビで見られる可能性が高いです。

イチゴがここからどのようにテレビで跳ねていくのか。
まだまだ未知数な部分もありますが、それでも、このONE CHANCEを次につなげてほしいと願っています!

タイトルとURLをコピーしました